「しゃのわ~るぅ?呼んだかにゃ?」
さて、東京で「スタンランの黒猫」を見ても・・・見なくても、思い出してしまうのが「トリモチの黒猫」。
7月に緊急保護した、体じゅうベッタベタながら必死に生き抜いていた、妹娘の同級生が里親になってくれて滋賀へ旅立ってから数か月。
気になっていた方もいらっしゃったかもしれません。
何の話?って方は⇩こちらから
あのトリモチのついていた毛は早々に抜け落ちたそうで、今はすっかりきれいな毛並みの黒猫です。
着物好き アラフィフ趣味人間の神社仏閣お城巡り、お出かけの備忘録。 ときどきピアノやハンドメイドも…気の向くままに気軽に綴る日常。
「しゃのわ~るぅ?呼んだかにゃ?」
さて、東京で「スタンランの黒猫」を見ても・・・見なくても、思い出してしまうのが「トリモチの黒猫」。
7月に緊急保護した、体じゅうベッタベタながら必死に生き抜いていた、何の話?って方は⇩こちらから
| ラモン・カザス《マドレーヌ》 |
| 大塚国際美術館の 上《カフェにて(アプサントを飲む人)》 下《フォリー=ベルジェールのバー》 |
この絵を描いたラモン・カザスは、パリの〈シャ・ノワール〉(黒猫)に強く心を揺さぶられ、故郷バルセロナに〈クアトラ・ガッツ〉(4匹の猫)というカフェを開きます。
前の記事で紹介した黒猫のポスターの〈シャ・ノワール〉は、19世紀末モンマルトルの伝説的キャバレーです。
パリの「夜の世界」を象徴し、芸術家たちの熱が渦巻く発信地でした。
ただのたまり場ではなく、メディアを持つことで、カフェの熱気や最先端の芸術を遠く離れた国まで届ける仕組みを作っていたのですね。
こうして、パリの夜に生まれた新しい芸術は、またたく間にヨーロッパ中へと広がっていきました。
印象派が生み出した新しい視点が、ロートレックやカザスへと広がり、やがてピカソという天才の覚醒にまで結びついていく・・・そんな大きな物語の展示
・・・であったことには帰宅して図録を読んでから気が付きました。
| パブロ・ピカソ 《座る若い男》 |
| パブロ・ピカソ 《貧しき食事》 |
| パブロ・ピカソ 《カンカン》 |
| アメデオ・モディリアーニ 《青いブラウスの婦人像》 |
| モーリス・ユトリロ 《ムーラン・ド・ラ・ガレット》 |
| モーリス・ユトリロ 《モンモランシーの通り》 |
| モーリス・ユトリロ 《雪のラパン・アジル》 |
1回してみるつもりが止めれず、こんな感じです。
さて、今回の出張も盛りだくさんの観光が出来ました。
東京駅はすぐそこなので、ゆっくり帰り支度ができます。
先日来たばかりなのでグランスタも把握できたつもりだったのに、やっぱり途中で訳が分からなくなってしまいました。
次は12月にまた来る予定(未定)です。
第2章は「夜のカフェ―シェレ、ロートレックの世紀末」
実は今回の「“カフェ”に集う芸術家展」には予備知識なしで行ったので、あまり訳も分からず、順に展示を見ていたのですが、
第1章は明るい光のカフェのイメージでしたが、時代が進むと芸術の舞台は夜のモンマルトルへ移ってガラッと雰囲気が変わりました。
| テオフィル・アレクサンドル・スタンラン 《シャ・ノワール巡業公演》 |
| テオフィル・アレクアンドル・スタンラン 《「イヴェット・ギルベール公演」アンバサドゥール》 |
| アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《アリスティド・ブリュアン》 |
| アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ディヴァン・ジャポネ》 |
| アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ラ・ルヴュ・ブランシュ》 |
| オーギュスト・ローデル 《夜会「流浪の芸術家」ムーラン・ルージュ》 |
| アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》 |
| フィンセント・ファン・ゴッホ 《モンマルトルの風車》 |
さて、前回の記事で東京駅へ向かいますと書きましたので、「ああ帰るのね」と思われたかもしれませんが、いやいやここからが本番です。
せっかく東京へ行くので、関西へ巡回しない気になる美術展はないかと調べてみたところ、目に留まる文言がありました。
「“カフェ”に集う芸術家―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」
しかも前から行ってみたかった「三菱一号館美術館」で開催されています。
三菱一号館美術館は、東京駅の丸の内南口から徒歩5分という抜群の立地で、日本のビジネスの中心地・丸の内にあります。
しかも、地下通路を使えば駅直結で、とても便利です。
行きは迷いませんでした。(帰りは迷いました、なぜか……)
東京駅のすぐそばにあって、ぱっと見は東京駅舎と見まごうようなたたずまいですよね。
さぞ古い建物かと思いきや、ここは2010年に復元再建された美術館なのだそうです。
もともとは1894(明治27)年、三菱が丸の内に建てた最初のオフィスビルで、設計は鹿鳴館などを手がけたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルだそうです。
19世紀後半のイギリスで流行した「クイーン・アン・スタイル」というビクトリア朝の建築様式が取り入れられており、老朽化で1968年に一度解体されたものの、2010年にコンドルの原設計に沿って当時の姿へ忠実に再現されたのだとか。
予備知識なしで訪れましたが、内装がやけに綺麗だと感じたのも納得です。アルフレッド・シスレー 《サン=マメス》 |
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《パリ、トリニテ広場》 |
ベルト・モリゾ 《黒いドレスの女性(観劇の前)》 |
エドゥアール・マネ 《バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)》 |
エドガー・ドガ 《赤い服の踊り子》 |
| エドガー・ドガ 《右手で左足をつかむ踊り子》 |
朝から北区の方へ散策に行ってきましたが、一旦赤坂まで戻ってきました 。
つい1カ月前に「ハリーポッターと呪いの子」を観に来たばかりなので、見知った景色ばかりではあるのですが……
先日の赤坂散策の話はこちらから⇩
赤坂でハリー・ポッターの世界へ『ハリー・ポッターと呪いの子』